子育て 読書

【アドラー心理学と子育て】ベストセラー『嫌われる勇気』で知った子育ての極意とは?

大ベストセラー『嫌われる勇気』

お読みになった方もいらっしゃるかと思います。

 

より良い人生へのヒントが満載の本書は、子育てに活用できることがいっぱい!

 

この記事ではアドラー心理学をどのように子育てに活かしたらよいかについてまとめたいと思います。

 

 

この記事を読んでほしい方

・嫌われる勇気をまだ読んでいない方

・アドラー心理学について知りたい方

・現在子育て中の方

・子育てに悩んでいる方

 

 

とくに子育て世代の参考になればうれしいです

 

✅この記事の信頼性

教育業界に携わって約25年

現在も小学校受験専門塾で教壇に立つ現役講師

毎年多くの生徒が志望校に合格
※2021年秋の入試で私の生徒の第一志望合格率は75%でした。過去最高を更新。

 

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叱らない、褒めない

良好な対人関係を結ぶには、ある程度の距離が必要です。距離が近すぎて密着してしまうと、相手と向かい合って話すことさえできなくなります。
とはいえ、距離が遠すぎてもいけません。

親が子どものことをずっと叱ってばかりいては、心が遠く離れてしまいます。これでは子どもは親に相談することさえできなくなるし、親のほうも適切な援助ができなくなるでしょう。

差し伸べれば手が届く、けれど相手の領域には踏み込まない。そんな適度な距離を保つことが大切なのです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

叱るのはダメ!

でも褒めすぎもダメなんだそうです。

 

どうしてダメなの?褒められたら子どもはうれしいのに。

 

なぜ褒めすぎはダメなのか

子どもを些細なことでしょっちゅう褒めていると”褒めてもらえる”のが当たり前になり、褒められない状況に不安を覚えるようになる。

自分がどうしたいかではなく、「大人はどう思うか」を基準に行動するようになる。

 

なんでも「しすぎ」はダメなんですね。

過ぎたるは猶及ばざるが如し

 

小学校受験の面接練習で「どんなときおうちの人に褒められますか?」に「お勉強をがんばったときです。」と答える子がホント多いです。余談でした。

 

 

アドラー流子育ての極意

✅叱りすぎはダメ!
(叱りたくなったら深呼吸 or 鏡で自分の顔を見るのがいいと私は思います。)

✅褒めすぎもダメ!
褒められるためにやっている?と感じたら「ありがとう」とか「ママは助かったわ」など感謝の表現に置き換える。

 

 

人が人を支配しない、ヨコの関係

まずは他者との間に、ひっとつでもいいから横の関係を築いていくこと(中略)もしもあなたが誰かひとりとでも縦の関係を築いているとしたら、あなたは自分でも気づかないうちに、あらゆる対人関係を「縦」でとらえているのです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

アドラー心理学では、たとえ親子でも縦の関係はダメ。

 

親が子を「叱る」「褒める」行為は縦の関係の典型例。
上から下への評価のあらわれなのだそうです。

 

親が上、子どもが下、という考え方自体を変えないといけないんですね。

 

アドラー流子育ての極意

横の関係=共同体意識

横の関係で育った子どもは、自分が家族の役に立っていて(他者貢献)、自分が受け入れられ信頼されていて(他者信頼)、家庭の中に自分の居場所があると感じる(自己受容)ようになります。

自己肯定感が高まるのです。

 

親と子どもの課題を分離する

信じるという行為もまた、課題の分離なのです。

相手のことを信じること。これはあなたの課題です。

しかし、あなたの期待や信頼に対して相手がどう動くかは、他者の課題なのです。そこの線引きをしないままに自分の希望を押しつけると、たちまちストーカー的な「介入」になってしまいます。 たとえ相手が自分の希望通りに動いてくれなかったとしてもなお、信じることができるか。愛することができるか。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

こうあってほしい。
あーなってほしい。

わが子に対する期待はふくらみます。

 

でもちょっと待って!

子どもは親の望むとおりにしないとダメってことですか?

 

✅だれの課題なのか?

(自分の課題と他者の課題を分離して、他者の課題には踏み込まない。)

✅最終的な結果に責任をもつのはだれか?

【例】

課題の分離ができていない

親が子に「勉強しなさい!」とか「宿題やったの?」と言う。

課題の分離ができている

「勉強しておかないと困るのはあなた。勉強したいと思ったらいつでも援助するから言ってね。」とだけ伝えておく。

 

口出ししないで見守るのってホントむずかしいです。

 

アドラー流子育ての極意

子ども自身が自分の課題だとわかるまでは、親が口出ししても良い結果にはならない。

 

健全な劣等感をもつ

健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、 「理想の自分」との比較から生まれるものです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

 

「劣等感」ということばに私はネガティブな印象をもっていました。

でも”健全な劣等感”があるのだそうです。

 

それは?

他者との比較ではなく、理想の自分との比較から生まれる劣等感

 

 

●ダメな劣等感とは?

「自分は他人より〇〇で劣っている」のように、他人と比較した劣等感

【例】
この子よりお兄ちゃんのほうが勉強ができた。
Aちゃんのほうがうちの子より語彙が豊富。

●健全な劣等感とは?

「理想とする自分」と「現在の自分」を比べ、今の自分ではまだ満足できないと思う気持ち

【例】 こんな成績ではイヤだ!自分はもっとできるはず!

 

子育て中はどうしても他人と比べてしまいがち。反省・・

 

アドラー流子育ての極意

他人と比べるのはダメ。
昨日のわが子より、今日のわが子が少しでも前進していればそれで良いのだ。

 

他人の目を意識しすぎない

自らの生について、あなたにできるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」、それだけです。

一方で、その選択について他者がどのような評価を下すのか。これは他者の課題で合って、あなたにはどうにもできない話です。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

また、こうも言っています。

対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができません。(中略)競争の先には、勝者と敗者がいるからです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

アドラー流子育ての極意

他人からの評価を気にしているうちは満足な人生は送れない。

 

子どもの存在そのものに感謝する

われわれは他者をみるとき、ともすれば「自分にとっての理想像」を勝手ににこしらえ、そこから引き算するように評価してしまうものです。
たとえば、親のいうことにいっさい口答えせず、勉強もスポーツも真面目にこなして、いい大学に進んで、大きな会社に入る。そんな――アリもしない――理想の子ども像と引き比べて、わが子にあれこれ不平不満を抱いてしまう。理想像としての100点から、徐々に減点する。これはまさしく「評価」の発想です。

そうではなく、ありのままのわが子を誰とも比べることなく、ありのままに見て、そこにいてくれることを喜び、感謝していく。
理想像から減点するのではなく、ゼロの地点から出発する。そうすれば「存在」そのものに声をかけることができるはずです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

「産まれてきてくれてありがとう。」と心が震えた、わが子が誕生した瞬間をときどき思い出せばいいのかな。

 

そのほか子育てに関する名言

 

大ベストセラー『嫌われる勇気』にはほかにも子育て関連の名言があります。

最後にそれをご紹介したいと思います。

 

アドラー流「目的論」

まずは苦しい文章から。

親から虐げられた子どもが非行に走る。不登校になる。リストカットなどの自傷行為に走る。
フロイト的な原因論では、これを「親がこんな育て方をしたから、子どもがこんなふうに育った」とシンプルな因果律で考えるでしょう。
植物に水をあげなかったから、枯れてしまったというような。確かにわかりやすい解釈です。

しかし、アドラー的な目的論は、子どもが隠し持っている目的、すなわち「親への復習」という目的を見逃しません。

自分が非行に走ったり、不登校になったり、リストカットをしたりすれば、親は困る。あわてふためき、胃に穴があくほど深刻に悩む。子どもはそれを知った上で、問題行動に出ています。

過去の原因(家庭環境)に突き動かされているのではなく、今の目的(親への復習)をかなえるために。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

アドラー心理学の「目的論」です。

目的論を説明するには、その反対の「原因論」を理解しなければなりません。

子どもの問題行動に対し
「なぜそんなことをしたんだろう?」と原因を究明したくなる考え方です。。

一方で「目的論」は、子どもの問題行動に対して
「コレをした目的って何だろう?」
「本当は何がしたかったのだろう?」行動の目的を考えます。

 

「いま、ここ」が大切

ちょっと長い引用ですが、全部読んでいただくとよくわかるかと。

 

線としてとらえるのではなく、人生は点の連続なのだと考えてください。(中略)線のように映る生は点の連続であり、すなわち人生とは、連続する刹那なのです。(中略)われわれは「いま、ここ」にしか生きることができない。われわれの生とは、刹那のなかにしか存在しないのです。
人生とは、いまこの習慣をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのです。そしてふと周りを見渡したときに「こんなところまで来ていたのか」と気づかされる。(中略)ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実していれば、それでいいのです。(中略)踊ることそれ自体が目的であって、ダンスによってどこかに到達しようとはだれも思わないでしょう。無論、踊った結果としてどこかに到達することはあります。踊っているのですから、その場にとどまることはありません。しかし、目的地は存在しないのです。
目的地に到達せんとする人生は「キーネーシス(動的)な人生」ということができます。それに対して、私の語るダンスを踊るような人生は「エネルゲイア的(現実活動態的)な人生」といえるでしょう。 登山の目的が「登頂すること」にあるのなら、それはキーネーシス的な行為でしょう。極端な話をするなら、ヘリコプターで山頂に向かい、5分ほど滞在し、再びヘリコプターで帰ってもかまわない。もちろん山頂にたどり着けなかった場合、その登山は失敗だということになります。 しかし、目的が登頂ではなく登山そのものであれば、エネルゲイア的ということができます。結果として山頂にたどり着くかどうかは関係ないわけです。

(出典:嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著))

 

現在は一瞬で過去になっていきます。

アドラー流では「あの時こうすればよかった」とか「なんであんな事してしまったんだ」など過去に縛られて生きることを否定します。

 

今ここにスポットライトを当てて、今を真剣に丁寧に生きるのです。

 

この考え方だと生きていくことが楽になるかも。

トラウマとは無縁の生き方なのですね。

 

子育て中に読みたかった・・・

もっと早くこの本に出会いたかったです。

私の子育てはすでに終了。。。

 

アドラー流子育てでもう一度やり直したい気持ちでいっぱいになってしまいました。

 

現役子育て世代の皆さま

ぜひ一度手にとってみてください。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

 

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ゆきねえ

こんにちは、ゆきねえです。50代です。これまで人生で頭を悩ませたこと、試行錯誤したことなどを綴りたいと思いブログを開設しました。 教育産業に携わって約25年なので、その方面の話題が多くなると思います。 よろしくお願いします。

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