第166回芥川賞受賞作!『ブラックボックス』(砂川文次著)を読みました。
現代の若者の生きづらさが緻密&赤裸々につづられた作品でした。
主人公の運命が気になり、いっき読み。
その魅力についてお話したいと思います。
※ネタバレあり。未読の方はご注意ください!
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『ブラックボックス』のあらすじ
あらすじ
主人公の佐久間亮介(以降:サクマ)は、自転車便のメッセンジャー。
都心を自転車で走り回り、一日の走行距離が100キロを超える日もめずらしくない。
しかし非正規雇用のため生活は常にかつかつ状態だった。
ある日の仕事中、自転車で信号をギリギリのタイミングで渡ろうとしたところ、ベンツに轢かれそうになる。今回は無事だったものの、今後もし怪我でもしたら生活が破綻する可能性がある。将来に不安を感じる。
サクマはこれまで職を転々としてきた。自衛隊を辞め、その後に働いた企業もあまり長く続かなかった。人間関係が苦手なうえに、すぐにカッとなって手や口が出てしまうサクマ自身の性格が原因。
そんなサクマには同棲している女性・円佳がいた。彼女が妊娠。ちゃんとしなきゃいけないと感じるものの、なかなか定職に就こうとせず今をやり過ごしてしまう。
そんな彼にある決定的な出来事が起こる。小説後半は思いもよらぬ展開から始まり、サクマの運命は大きく変化していく…。
『ブラックボックス』主人公サクマの現実逃避
過去にサクマは自衛官・不動産の営業・コンビニなど、様々な仕事をしましたが、どれも長続きしませんでした。
我慢が苦手な性格ゆえ、上司や同僚にすぐ手が口が出てしまい、それが原因で居づらくなる・・・の繰り返し。
「これではいけない。」
「ちゃんとしなきゃ。」
そんな不安を忘れられる唯一の時間が、メッセンジャーの仕事で自転車を走らせているときだったのです。
メッセンジャーは一生続けられる仕事じゃない。
このことはサクマにとっても結構重大な問題として頭をもたげてきている。
でもメッセンジャーをしているとメッセンジャーは一生できないという問題を直視せずに済む。
ペダルを回して息を挙げて目を皿にして街中を疾走している瞬間を積み重ねることで一生を考えずに済む。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
現実逃避は続きます・・・
まだ若い、という周囲からの言葉と無限にあるように思える時間に胡坐をかいている間にどんどん色々なものが錆びついてそう遠くないうちにのっぴきならない状況に追い込まれるかもしれない、とサクマは肌で感じる。
仕事を終えてのんびりと家路に着く時、シャワーを浴びている時、SNSを無意味に徘徊している時、いつでもそんな不安が、恐怖が日々のクラックから顔をのぞかせる。
でもその最後の瞬間が確実に来ると分かっていても、こっちに対抗する手立てがないなら一体どうすればいいんだ?
自暴自棄になるのは違う。
ちゃんとしなきゃいけないのも分かる。
でもちゃんとするっていうのが具体的に何をどうすることなのか、サクマにはまだよく分からなかった。
分かる日が来るのかも分からなかった。走っている時だけ、そこから逃れられる。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』主人公サクマ:我慢が苦手
サクマは”忍耐”が超苦手です。
その性格が自分自身を窮地にしているのは分かっているはずなのに・・・。
それまで我慢し続けていたことを勇気を振り絞って止めてみると、我慢していたこと自体がバカバカしく感ぜられて
(中略)
一任期で辞めた自衛隊も不動産の営業も、辞める直前まではそれこそ人生の一大決心とか転機点のように思っていても、辞めてしまえば些末な事柄だったことに気付く。
完全に辞め癖がついた、と思ったときにはもう遅く、感情の爆発が起きるのが先か飽きるのが先かは別にして、何か嫌になったら辞めるという選択肢がいの一番に上がってくるようになった。
ちゃんとしろちゃんとしろちゃんとしろ。
記憶と思念が焦燥を掻き立てる。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』主人公サクマ:コミュニケーションが苦手
サクマは自分の気持ちにウソをつけません。
”迎合できない”性格といえば聞こえはよいのですが・・・。
サクマは自分の性格からいくつかの職を転々をしていた。男ばかりの職場がほとんどだったが、そういう職場は陰湿なところが多かった。
あのねちっこさは性別なんかではなくて、実際は働く人や組織の同質性の高さによってもたらされるものだった、と言葉ではなく皮膚で学んだ。
いずれにしてもそういう空気が好きじゃなかった。
積極的に関わっても、関わらなくても不利益になるが、最後の最後の部分まで自分を切り売りするきにはならないでいて、そしてそういう性向が」定期的に職を替えざるを得ない原因の一つでもあった。
「いい加減なやつですからね」とか「そういうやつですからね」と一言いえばいいのに、言うべきことは分かっているのに、サクマは耐えてしまう。
精一杯の阿りが苦笑ででしかできない。
かといって全力でそういう自分を肯定しているのかといえばそういうわけでもなく、納得はしているが居心地の悪さとも肩を並べているのだった。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』主人公サクマ:事務的なことが苦手
サクマはどんな仕事であっても必要な”書類”とか”事務処理”もダメなのです。
ちゃんとした仕事に就いていた時期もないではなかったが、そこに必ずついてまわる諸々にサクマは順応できなかった。
三枚複写の保険の申し込み用紙とか人事とか本部とかに出す書類を見るたびに目が滑って何も考えられなくなってしまうのだった。
雇用とか被用者とか期間の算定みたいな単語は、あっという間にサクマのやる気をねじ伏せてしまう。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』主人公サクマの葛藤
変わりたいという思いはあるのです。
ずっと遠くに行きたかった。今も行きたいと思っている。
今いる場所は、自分が離れたかったところからとんでもなく遠いようにも、一歩も動いていないようにも見えた。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』主人公サクマの行く末
物語の後半。
サクマに大きなことが起こります。(未読の方のため詳細は避けます。)
その中でサクマは少しずつ自分の過去と向かい合っていきます。
そこにはサクマの人生で初の「気づき」と「さとり」が!!
なぜ自分は遠くへ行きたかったのか?
過去と向かい合う日々でサクマに大きな気づきがおとずれます。
ペダルを回して家に帰って寝る、朝起きてまたペダルを回して、それから何かのきっかけで暴発して破綻して違う螺旋に回収される。
遠くに行きたかった。遠くというのはずっと距離のことだと思っていた。
両親も弟も繰り返しをくり返していた。
おれは多分それが嫌だった。
遠くに行きたいというのは、要するに繰り返しから逃れることだった。
自転車便をやっていたころの後輩がいつだったかに言っていた「ゴール」も多分そこのことだった。
「ほんの少しだけ違うことをさ、認めるだけでおんなじような毎日が、だから変わっていくんじゃないかなあ。おれもさ、ずっと変わらない毎日を変わっちゃいけない毎日だと思い込もうとしていたから苦しかった気がするんだよなあ」
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
なぜ家族とうまくいかなかったのか
サクマは学生時代、同級生との関係に悩んだ時期がありました。
家族ともコミュニケーションがうまくいっていなかったため、家族にはなにも相談はしませんでした。
その当時を振り返ります。
きっと溝なんてなかったのだろうけれども、家においても何か一線みたいなものを――お互いに――勝手に引いていたために両親との会話も一切なく、たまにあっても反発しあう同極の磁石みたいに最後は怒鳴り合いと取っ組み合いになってしまうので当然こんな問題を相談できようはずもなかった。
今にして思えば、比較するのもおかしな話だが家と学校とを比べればまだ後者の方が――居心地が悪いことに変わりはないけれどもーーましだった。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
なぜ自分は衝動的だったのか?
過去の失敗について考え続け、ある結論に達します。
いつもの衝動にどこか似ていた。自分が無くなっていくときのあの感じだ。
力が湧いてくるのが分かる。
自分はこれを押しとどめようとしていたが、付き合っていくこともできたのではないだろうか、と急に思えた。
もしまだ間に合うなら、と願ってみたときに、変わるということと認めることの近しさに思いをいたした。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
物語の最後、サクマはもう一つ大きな気づきを得ました。
でもそれをここに書くと超ネタバレになるため残念ですが書きません。
タイトルの『ブラックボックス』が意味するものは?
タイトルはどんな意味があるのでしょう?
まずは単語の基礎知識から。
ブラックボックスとは?
内部の動作原理や構造を理解していなくても、外部から見た機能や使い方のみを知っていれば十分に得られる結果を利用する事のできる装置や機構の概念。
転じて、内部機構を見ることができないよう密閉された機械装置を指してこう呼ぶ。(引用:Wikipedia)
内部をぜったい見ることができないモノ?
・配達先のこじゃれたオフィスの中
・スーツを着たエリート人の暮らし
・瀟洒な都会の一軒家の中
・夜の生活の営み
どれもこれも明け透けに見えているようでいて実際には見ることができません。
張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできないのです。
街中を疾走する中で、黒々とした髪の毛を撫でつけている、ストライプの入ったスーツを着た中年の男とこれが出入りするビル。
こういう手合いは、スーツを着ていてもワークアウトをしているであろうことがその姿勢と腹回りとか肩とかのシルエットでなんとなく見て取れる。
明らかに新宿をうろついたり、下高井戸あたりで岐路に就くような他の勤め人や自分なんかとは住んでいる世界が違うことが分かる。
逆に、分かることと言えばそれくらいのもので、その世界がどういうものなのか、どうやったら入れるのかはさっぱり分からない。その当事者にでもなってみない限り。
で、当事者にそのどうやったらなれるのか、そもそもなることができるのか、という可能性は、たった今この瞬間に自分が刑務官に就職できるか、と考えてみたときに感じることができる可能性と同じくらいだろう。
結局なにかが「ある」ことは当然に見えていて、それでいてそこと関わることは絶対にできない、と思い知らされるだけのことだ。
初めのうちこそ夢想するが、経験によってすぐに無理だと諦めて二度と考えないようになる。
考えないようになると、それらは火星の砂嵐とか北極のオーロラくらいの意味しか持たないようになる。
(出典:ブラックボックス(砂川文次著))
『ブラックボックス』が描く世の中とは?
・組織に溶け込めない人間
・対人関係が築けない人間
・論理的思考ができない人間
・当たり前のことが継続できない人間・・・
本書は、社会と折り合えず取り残されていく弱者と、彼らを生み出してしまう今の社会構造がよくわかる小説です。
生きづらさを抱えている人々の苦悩がひしひしと伝わってくる文章は、ドキュメンタリーを見ているようです。
芥川賞受賞作です。
未読の方、いかがですか?
最後までお読みくださりありがとうございました。